お寺ブログ

100年ぶりの寺宝展について



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瑞泉寺の主な寺宝は、ふだんは博物館や資料館で管理されています。
寺宝の「瑞泉寺裂」や「秀次公縁起」は明治の頃にすでに京都国立博物館に
寄託されていました。
明治以来、何度かお寺にもどして展示公開したことがあるのですが、
ちゃんとした期日を記した資料が残っていません。
先代から聞いたところによると、
大正のころに1回、一般の人たちにみてもらえる形で展示したことがあるようです。
このときの「瑞泉寺裂」や「秀次公縁起」の世間への影響はけっこう大きく、
(それが世に知られたはじめてのことだったに違いなく)
甲斐庄楠音が日本画で『畜生塚』を描き、
谷崎潤一郎が『聞書抄』という小説を書いたのは
このときの展示がなんらかのきっかけになっていると思われます。
その後、戦後すぐの頃、お寺の座敷で展示したことが一度あったとのことですが、
これは檀家さん向けの内うちのものだったようです。
それぞれの寺宝はそれぞれ寄託先の企画展などで
折々に展示公開されたことはありましたが、
この瑞泉寺で一同に会して展示公開されるのは、
ほぼ100年ぶりのことになります。

今回展示の「瑞泉寺絵縁起」(画帳)や「秀次公縁起」(絵巻物)は
秀次事件の顛末と瑞泉寺の成り立ちを描いたもので、
ともに作者の名前はわかっていないものの、
端正な筆致からかなりの絵師が関わって制作されたものだと思われ、
特に「秀次公縁起」は金箔を多用した豪華な仕上がりで、
特別な思いで作られたものであることが伝わってきます。
また「瑞泉寺裂」として名高い
秀次公の側室たちの辞世の句の掛け軸は、その方たちが身につけていた
着物の切れ端で表具され、当時の辻が花の技法を今に伝えるものとして貴重です。
その他、佩刀や茶釜、扇子など秀次公愛用の品々も展示しようと思います。

これら秀次事件を描いた縁起や、御一族の愛用の品々を
400年前に事件のあったそのまさに現場である瑞泉寺で見ていただくことは、
貴重な体験になると思います。
この場所が伝える悲しい一族の品々から
当時ここで何が行われたのか、
秀次事件とはなんであったのか、
思いを馳せていただき、
犠牲になった方々へ手をあわせていただけたらと思っています。
※写真は『瑞泉寺縁起』より秀次公の首と対面した側室の方たちのシーンです。

寺宝展展示内容は以下です。
⭐︎本堂展示
●角倉了以・素庵像 瑞泉寺蔵
●平清盛公ゆかり瑞泉寺厄除地蔵尊 瑞泉寺蔵
⭐︎座敷展示
●秀次公縁起/絵巻物 1巻 京都国立博物館蔵
●秀次姫妾和歌/軸 20 幅の内4幅 京都国立博物館蔵
・第五番 於辰の前(百丸君生母・尾州山口将監の息女)
・第七番 於佐子の前(十丸君生母・北野松梅院の息女)
・第十一番 於伊万の前(出羽最上家の息女)
・第十七番 於美屋の前(一の台の息女)
●辻が花 後西天皇綸旨/軸 1幅 jb 京都国立博物館蔵
●秀次公愛用扇面 1面 京都国立博物館蔵
●瑞泉寺絵縁起/画帳 1冊 京都市歴史資料館蔵
●秀次公陣刀 二振り その他刀剣 一振り 瑞泉寺蔵
●秀次公薙刀刃 一振り 瑞泉寺蔵
●秀次公冠 一個 瑞泉寺蔵
●秀次公愛茶釜 一個 瑞泉寺蔵
●一御台袴 一つ 瑞泉寺蔵
●瑞泉寺初代・四代住職 御影 瑞泉寺蔵
●秀次公と御一族肖像画 レプリカ

One thought on “100年ぶりの寺宝展について”

  1. 中川あき子 より:

    以前お詣りさせていただいた者です。HPを検索して、宝物展について知りました。有難うございます。
    随分貴重なお品ばかりで、感動して書き込ませて頂きます。
    秀次公一族の殲滅が、豊臣家の滅亡につながった、というのはつくづく、真のことではないでしょうか。
    石櫃?の上に秀次公のみしるしを晒し、その前で高貴な夫人たちや幼子を絶望させてから、1人1人、順に殺す、なんて、太閤秀吉のやり方は、そういう時代とはいえ、むごすぎます。武門の婦人はともかく、公家方の高貴な生まれの婦人たちにとっては、あり得ない不幸でしょう。戦国時代ってそういう時代ですが、だからこそ、秀頼も大阪城も完膚なきまでに滅ぼされたんじゃないでしょうか?因果応報で結構なことだと存じますよ。秀吉公は奇跡のご出世をなさった不世出の奇才ですが、ただでさえ、地盤のない下民の出で、お子もできない体質で、身勝手に、欲をかきすぎるものではないと思います。因果は全部秀頼公にいったのでは?とすら思います。(織田家は絶えてないしw)一代運の、根無し草が共食いなんて、やりすぎるからでしょ。と怒りすら覚えます。
    晩年の秀吉の狂い方は、本当不愉快です。(これが書きたかった…)すみません。
    角倉一族の、ご配慮は、本当に、人の情けを感じます。ほとぼりがさめた時期を見計らい、。昔のご大身は筋が通っておられますね。感服します。許可を出した幕府も、武家政権らしく粋なことです。本当に、涙なしには参拝できません。貴重な寺宝をご紹介いただき、本当に感謝します。
    心より、秀次公御一族の御冥福をお祈りいたします。
    長々とすみません。有難うございました。

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