瑞泉寺 豊臣秀次公と御一族の菩提寺

お彼岸のこと。

本堂/外からのみ参拝

明日、9月20日は彼岸の入りです。
「彼岸」って何だろう?

「彼岸」というのは、「此岸:しがん」に対する「彼岸」。
つまり「向こう岸」という意味です。
仏教では、さとりの世界のことを「彼岸」といいます。
煩悩の多いこの世「此岸」から、悟りの「彼岸」に渡ることが
仏教の究極の目的です。
でも現代ではなかなかお釈迦様みたいにさとりなんて開けない。
そこで、死んでから行く阿弥陀さまのお浄土なら
さとりを得ることができるんじゃない?という考え方がでてきて、
「彼岸」は「極楽浄土」のことになり、
今ではさらに「あの世」という意味に変化しています。
なので、なんとなくお彼岸にはご先祖さんのお墓にお参りにいく、
と漠然ととらえている人、多いんじゃないでしょうか。
もともとの仏教では、「さとりの世界に渡る」目的のために
「六つの修行」=「六波羅蜜」を修める期間として
秋と春のこの時期を過ごしていたようです。

でも、本当いうと、「お彼岸」の起源はよくわからない。
なにせ、この「お彼岸」という仏事、日本以外にはないんです。
もしかしたら仏教が来るより以前からの
日本の古い行事なのかもしれないなあ、と思います。
この前、電車の窓からながめていると、
今ちょうど稲刈りの時期なんですね。
黄金色の稲穂を、
お百姓さんが長閑に刈り取っている風景をたくさん見ました。
お彼岸の時期は稲刈りの時期なんだなあと思いました。
きっと昔は刈り取ったばかりの稲穂をお供えしていたのかもしれない。
お彼岸の中日は秋分の日(春は春分の日)です。
秋分・春分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈む日。
そんな頃に採れる稲や農作物は、
太陽の沈む先の世界からの贈り物だと
昔の人は思ったにちがいありません。
ちがう世界に行ってしまった、ご先祖さんや
先に亡くなった親しい人たちが贈くってくれたんだと。
そんなことに感謝するのが、
「お彼岸」のはじまりだったんじゃないかな。

考えてみれば、町に住んでる僕たちも、
日々色々なものを手に入れて暮らしています。
どれも自分の力で手に入れたもののように思ってるけど、
実は「彼岸」からの贈り物なんじゃないか。
そんな風に思って、お墓に感謝の手を合わせられたら、
きっとなおさら気持ちがすっとする。
ぜひ、お墓参りのとき、ためしてみてください。